ALICIA と 伴戸チカ子による「あじあのおんな」というパフォーマンスを、六本木のストライプハウスギャラリーで見た。
会場に入ると「あじあの女についての想いがシェアできたらいいなーと思います。」というALICIAの言葉で締め括られた配布物を一枚、渡された。この日のパフォーマンスの内容は以下のようなものだった。
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娼婦風のファッションに身をつつんだ二人の女が各々立つのがやっとという台に上がり、たいそう不機嫌そうに口を尖らせ、ハイヒールを履いた足を踏み鳴らす。という動作からパフォーマンスは始まった。緊張した空気が漂う。それがしばらく続いた後、その空気を破るように、口から、ゆで卵がまるまま排出される。口が尖っていた原因はどうやらこのゆで卵が口の中に挿入されていたせいらしい。そして、二人はこの卵をいとおしそうにほおずりしたりなでたりする。
続けて、アジアの国々の名前を二人は唱和する。背後にあったワゴンを前に持ってくる。その上には茹でたパスタが山盛り用意してある。そして缶詰のミートソースをかけ、皿一杯のミートソーススパゲッティーが出来上がった。次に交互にそれを食べ始めた。皿が空になるまで、繰り返されるのかと思いきや、それは突然終えられた。あっけに取られつつ、事の成り行きを見守っていると、英語のモノローグが壁に映写された。二人は、どこからか極小のライトを取り出し自分たちの足元を照らし出す。光は、ライトの小ささに相反して、しっかりと足元を照らしていた。白い光が詩的に見える。
そしてALICIAによる朗読。あるおんながもつ四人のこどもの別々の父親の話。
その間に伴戸の身体は、あるおんなのものとなる。身ごもるおんなから、自分を痛めつけるおんな、激しく動くおんな、と変わっていく。
パフォーマンスはプロットの上をなぞっていたようなところから、次第と混沌としはじめた。伴戸はありったけの言葉を身体で表現している。
背後でALICIAは再びアジアの国々の名前を唱え始める。混沌の中でパフォーマンスは終了した。
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このパフォーマンスは演者の二人が、マニラに行った体験がきっかけにあるようだ。
演じる二人のいでたちはマニラの街角のセックスワーカー女性をイメージしたと思われ、パフォーマンスの中で、食べられたスパゲッティーミートソースは、彼女らが仕事の合間に食べるチープな食事の象徴だろう。
パフォーマンス中の伴戸の動きは、緊迫した中にもユーモアがあり表情が豊かで目が離せなかった。伴戸は普段、「花嵐」という女性3人のユニットで舞踏の動きをベースとした身体表現の活動をしている。この活動を通じて切磋琢磨し得たものが、伴戸の身体の中に蓄積されている。彼女の身体から繰り出される多彩な動きがこのパフォーマンスの中で何よりの説得力となっていたように思う。
このパフォーマンスを見て、あじあのおんなが置かれている状況について、痛みを持って感じ入った。しかし、自分はその痛みについてどれだけわかったのだろうか?
パフォーマンスのあとにサンドイッチと赤ワインが観客全員にふるまわれた。ひとりずつサンドイッチが手渡され、赤ワインが注がれ、他の観客と一緒に、それらを口にしていると、キリスト教の聖餐という儀式(パンと赤ワインをそれぞれキリストの体と血に見立て、それを口にする儀式。※1)を思い出した。
それは見終わったあと、自分以外のことに無関心でごめんなさい、という贖罪の意識が芽生えたからなのだが。
※1 聖餐の式は神が計画する人間の罪からの救いの成就となる式であり、イエスの死と復活を思い、そこにイエスの現存を信じるもの、さらには信仰者と神、信仰者同士の絆を確認するものであった。ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E9%4%90)より